終末期が近づき口から物を食べられなくなった場合、チューブなどで人工的に栄養を取り込むという選択肢がある。延命にどこまで医療費を使うのか。そんなコスト論争に結びついたこともある。
西日本に住む70代の男性は2年半前に歩行などに支障が出るパーキンソン症候群と診断された。その頃に口から食べられなくなり、鼻からチューブで栄養を送る「経鼻栄養」をして自宅療養をしていた。
経鼻栄養は違和感が生じやすく、患者が管を抜きたがればミトン(手袋)などで拘束する場合も多い。男性が在宅医療で利用する診療所は本人が楽な「胃ろう」を提案したが、家族が断った。男性は今年1月、79歳で亡くなった。家でみとった妻(74)は「夫はおなかに穴を開けるのは嫌だと言っていたんです」と振り返る。
胃ろうはチューブで胃に直接、栄養を送り、痛みや違和感が少ない。1990年代から広まり、全日本病院協会の推計では2010年度に約26万人が利用。だが、その頃から「安易な延命治療」といった批判が起き、イメージが悪化した。
寝たきりの患者が胃ろうにすれば、入院費だけで年数百万円かかる。国は批判を背景に14年、胃ろう造設の報酬を約10万円から約6万円(別途加算あり)まで引き下げた。その結果、16年6月の造設数は3827件と、5年間で半減した。
胃ろうが減った分、経鼻栄養や、消化管が使えない場合に血管から栄養を送る「中心静脈栄養」を選ぶ患者が増えたとされるが、延命という意味では同じだ。
日本静脈経腸栄養学会が長期的な人工栄養の手法を全国の医師らに調査したところ、03年は胃ろうが71%で、経鼻栄養が24%だった。ところが14年、選択肢に中心静脈栄養も加えて同様の質問をすると、胃ろうは34%で、経鼻栄養が38%と逆転。中心静脈栄養も17%あった。調査の代表者の井上善文・大阪大特任教授は「消化管が使えるのに、中心静脈栄養が行われている可能性がある。感染症のリスクが大きく、コストも高いので問題だ」とみる。
人工栄養に関する情報提供を行うNPO法人PDNが昨夏、PDN理事の医師ら約70人に聞いた結果、14年以降に経鼻栄養や静脈栄養が「増えた」と答えた人がそれぞれ半数近くにのぼった。PDNの鈴木裕理事長は「延命治療の是非を考えるなら、胃ろうだけ批判しても意味はない。人工栄養のあり方を議論すべきだ」と指摘する。
人工栄養に頼りすぎず、最期まで口から食べることをめざす取り組みもある。
松山市の診療所「たんぽぽクリニック」には、口から食べられなくなった患者が再び食べられるように支えるチームがある。口やのどを動かす訓練をする言語聴覚士や管理栄養士、調理師らが参加。最初はミキサー状の食事で訓練するが、ステーキやピザなど本物そっくりのムース食を作って食欲を呼び起こす。
昨年7月、市内の男性(88)が入院した。脳梗塞の後遺症や認知症があり、1カ月前につばや食べ物が気管に入る「誤嚥(ごえん)」で肺炎となり、総合病院に入院。経鼻栄養になっていた。
診察した永井康徳医師は口から食べる選択肢があると男性の妻(78)に説明。「もし食べられなくなれば(余命)1週間程度」とリスクも伝えた。「食べるのが大好きだった夫に、もう一度食べてもらいたい」。妻は夫が延命治療を望んでいなかったこともあり、管を抜くことを決めた。男性は数日後から食べ始め、今もほぼ自力で食事をとる。
ただ、特に入院患者の場合、この男性のように再び口から食べられるケースは多くない。病院は窒息や誤嚥を懸念し、人工栄養での延命を優先する傾向がある。永井医師は「食べることでリスクもあるが、人はいつかは亡くなる。最期まで食べたいものを食べ、穏やかに亡くなるのを望む人がいれば、その気持ちに応えたい」と言う。(全文引用・朝日新聞)