意思に反して便失禁 負担少ない電気療法に注目

大便が本人の意思に反して漏れてしまう便失禁は、生命には直接関わらないものの生活の質を大きく低下させる。国内に500万人以上の患者がいるとみられるが、恥ずかしさから受診をためらって、病気を抱えたままの人も多いという。体内に埋め込んだ装置による電気刺激で症状改善を目指す治療法が今年から保険適用になるなど、最近は治療法選択の幅も広がっている。
大阪府寝屋川市に住む60代の女性は、不意に大便が漏れる症状に悩んでいた。家族にも相談しにくく困っていたが度々漏れるようになったため、思い切って関西医科大学付属滝井病院(守口市)を訪れた。便失禁との診断を受け、半年ほど薬で治療すると、症状がよくなり、以前の生活にほぼ戻ることができた。女性を診た吉岡和彦副院長は「悩んで外出を控えたりせず、まず大腸肛門科などの医師を受診してほしい」と話す。

 便失禁は高齢者に多く、海外では70歳以上のうち7~8人に1人が患っているとのデータがある。また、患者の大半が恥ずかしさなどから医療機関を受診しないという国内の調査結果もある。
便失禁の主な原因は肛門を締める筋肉である「括約筋」の収縮力が弱まることだ。肛門はこの筋肉の働きで、通常はむやみに大便が漏れ出ることはない。しかし、年齢を重ねるなどして筋肉が弱まってしまう。排便しようとしない時でも、直腸内部の粘液や便が外に漏れ出す。この結果、知らないうちにパンツを汚したり、便意を感じたときにトイレまで間に合わずに漏らしたりする。
加齢のほかに、出産や外傷、直腸がんなどの手術で括約筋を損傷して発症するケースも多い。脊髄などの病気が関係することもある。指扇病院(さいたま市)の味村俊樹排便機能センター長は「受診する患者の約8割は女性だが、実際には男性患者もかなりの数に上るだろう」と指摘する。
便失禁の症状改善で、まず候補となるのが患者の負担が比較的少なく、実施しやすい方法だ。繊維分の多い野菜をとったり、アルコールやコーヒーの摂取を控えたりする。便が硬くなり漏れにくくなるなどの効果が見込める。食事の後に必ずトイレに行くよう習慣づける、トレーニングで括約筋を鍛える、といった手法も効果が期待できる。便秘治療などで使う下剤の量を減らしたり、下痢止めなどの薬を服用したりすることも多い。こうした治療で患者の約7割で症状が改善するという。


それでも十分に改善しない場合は外科手術を考える。例えば、傷ついた括約筋を縫い合わせる。足から取った筋肉を肛門の周囲に移植して括約筋の働きを補ったり、人工肛門を付けたりすることもある。ただ「大きな手術になると、感染などの合併症のリスクがあるほか、大腿部などに傷が残る」(吉岡副院長)。関西医大滝井病院でも、患者のうち手術にまで至る例は1割以下にとどまるという。

そこで期待が集まるのが、今年4月から国の保険が利くようになった「仙骨神経刺激療法」だ。外科手術の一種だが、体への負担や術後に残る傷が比較的小さくて済む利点がある。骨盤にあり、排便を調整している仙骨神経を電気パルスで刺激し、症状を改善する仕組みだ。
手術は2回に分けて実施する。まず仙骨神経を刺激するための細い電線を体内に埋め込む。体外の装置で電気パルスを発生させ、電線を通じて神経を刺激し、1~2週間効果を確かめる。これで症状改善がみられれば、心臓ペースメーカーに似た刺激用装置を腰の皮膚の下に埋め込む手術をする。合わせて2~3週間の入院が必要だが、腰に小さな傷が残る程度で済む。

「電気刺激によるピリピリとした感覚が出ない範囲で電圧を調整する」(吉岡副院長)。刺激の強さは体外からリモコンで調節できる。装置の電池は3~5年で交換する。電線部と刺激装置を体内に埋め込み、排便を制御する仙骨神経を電気刺激する
国内で実施した臨床試験(治験)では21人に刺激用装置を埋め込み、半年後に18人で便失禁の頻度が半分以下になった。このうち4人は完治した。米国では120人に埋め込み、88人で失禁頻度が半分以下になったという。「食生活の工夫やトレーニング、薬の服用などで、効果がみられない患者は従来の手術をするしかなかったが、新しい可能性が開けた」と味村センター長は期待を込める。
実際にどの治療法を選ぶかは、医師と相談して決める。便失禁の頻度やタイミング、専門の検査の結果などが判断材料になる。出産経験のある女性は、会陰を切開する処置を受けたかどうかを医師に伝えるとよいという。
便失禁は治療すれば、治る可能性が高い病気だ。悩みを一人で抱え込まずに、勇気を出して医師に相談することが得策だ。(日本経済新聞)