欧米で認知症患者減少に転じる

欧米で、認知症の高齢者の割合が減少しているという報告が相次いでいる。その一方で日本での割合は増加を続けている。この現象をどのようにみたらいいのか。桜美林大の鈴木隆雄・老年学総合研究所長に聞いた。(聞き手・田村建二)

――認知症の「減少」というのはどういうことですか。
欧米のいくつかの国で、65歳以上に占める認知症患者の割合(有病率)や、一定期間内に認知症を発症する割合(罹患率(りかんりつ))が減った、あるいは少なくとも増えてはいないという報告が出ています。海外でも人口の高齢化に伴って患者の数自体は増えているので、その要素は統計学的に調整されています。
認知症を起こす原因はまだわかっていない部分も多いですが、最近の専門家の報告によれば、原因の35%は防ぐことが可能だとされ、そのうち約8%を占めるのが教育だといわれています。米国では、教育歴が16年以上の人の認知症発症リスクは12年未満の人に比べて約4分の1だという報告があり、これとは別に「高校卒業以上の教育歴のある人でのみ、認知症罹患率の減少がみられた」とする調査結果も報告されています。

――教育がなぜ、認知症の減少につながるのでしょうか
一つは教育を通して、どんな生活習慣が健康によいのかを知る機会が増え、健康的な行動につながりやすいという点です。糖尿病や高血圧、肥満、喫煙といった生活習慣病は、認知症のリスクも高めることがわかっています。教育を通して健康意識も高まり、それが認知症の抑制につながっているというわけです。
もう一つは、高齢になっても脳の機能を保てるような「認知予備能」(cognitive reserve)が、教育によって高まるという考えです。若いころからずっと知的な活動を続けて100歳ほどまで認知機能を保って亡くなった方の脳を解剖すると、脳の組織そのものはアルツハイマー病患者と同じような変化を起こしていたという報告があります。教育によって、脳組織の変化を補えるほどに認知機能を保てる可能性が指摘されているのです。

――日本の状況はどうなっていますか。
日本では残念ながら、認知症有病率や罹患率は増え続けているとみられています。理由は必ずしもよくわかりませんが、たとえ減少していても、調査規模などが十分ではないために見つけ出せていない可能性はあります。国内の調査をより充実させるとともに、ヘルスプロモーションを含めた教育にもっと力を入れていく必要があります。ただ、日本における教育の効果は、むしろこれから出てくるのではないかと期待しています。
認知症の中でも多数を占めるアルツハイマー病は、80歳ころから発症しやすくなります。いま80歳の方が子どものころは、戦時中だったり終戦直後だったりして、十分な教育を受ける機会があったとは言えません。ただ、いまから数年後の2025年には、団塊の世代が後期高齢者となります。この世代は大学紛争で思い起こされるように、より高い教育を受けた人がずいぶん増えています。これからの世代では、欧米のように認知症の割合が減る可能性はあると思います。

――九州大の久山町研究では、日本の認知症が増えている要因の一つに「認知症患者の死亡率の低下」があるとされました。
大変重要な指摘です。ケアの体制が整ったことに伴って、患者の死亡率が減ったこと自体は喜ばしいことに思えます。ただ、認知症が高度に進んで自分の力で食べることができなくなった人が、本人の意思に反する形で、胃ろうなどの経管栄養によって生き続けているケースがあるとしたら、それはご本人にとっても幸福とは言えません。デリケートな問題ですが、こうした点についてもっと議論が必要です。
また、認知症の予防は可能だと言っても、必ずしも「ずっと認知症にならない」ことを意味するわけではありません。むしろ「年を重ねればだれもが認知症になる」と思った方がいい。予防によって、認知症になるのを何年か先送りできると考えるべきでしょう。たとえ2年間発症を遅らせるだけでも、ご本人にとっても家族にとっても、社会にとっても大きな意味をもちます。
高い学歴がなくても、適切な運動をして糖尿病や肥満を防いだり、知的な活動を通して生涯にわたって脳を使い続けたりすることは認知症を先送りするうえで重要です。そうした予防活動を続けるのと同時に、自分や家族が認知症になったとき、また症状が進んで自分で食べることができなくなったようなときにどうするかについて、ふだんから考えるようにしておくことが大切だと思います。(全文引用:朝日新聞)